最強に感じ悪い

心臓ばくばくする

 

 

朝お母さんに「がんばってね」って言われて「もう頑張ってるよ」とかじゃなくて「がんばらないよ。頑張ったりしないでも、私の場合通常運転でなんでも上手く行くから」って言い返したのやばい。反抗期真っ盛りの男子に高飛車女がプラスされた感じで、ほんとどうしようもなく可愛げがないし嫌な人間だなって思った。

 

でもほんとなんだよね、頑張ってるとしてもそれなら常に頑張ってるし、勉強も制作も何か考えたりバイトしたりなんでもかんでも頑張ってることにしたら疲れちゃう。これが普通、これくらい余裕でこなす、息をするように勉強する、みたいにしたい

 

私はこれまで両親に褒められたことがない。一番上だからなんでも出来て当然だし、父を納得させることは一生できない(私が悪いわけじゃなくてハイレベルすぎるのでみんな無理だと思う)し、そもそも何でも良くできすぎて関心を持たれない

 

だからわざわざ頑張ってることにしても気疲れするだけで、周りからそれを認められることはないし、親とかじゃなければ結果出さなきゃ意味がないと思うんですよ。過程を評価して満足できるのは自分だけだから、私は少し負担に思うことも、余裕綽々でこなしたい

 

がんばろうねって言い合ったり、頑張ってねって応援されたり、誰かが誰かにそう声をかけているのも好ましく思うのに、なんで言われて嬉しくない時があるんだろうね。 

 

生地屋さんですごくすごく可愛い布を見つけて、お店のおじさんに本当に可愛いということを伝えたら、「いい生地だよ〜おまけしとくよ〜」と安くしてくれた。お店を後にする時に「良いの出来るよ」って言われて、必ず素敵なのが出来ると思えた。絶対にお出掛けする時のスプリングコートを作りたいって思ってる。ワンピースもいいし、少し余ったらお揃いの髪飾りとバッグも作っちゃおう

 

"よくがんばったね。でもきっと、まだまだ努力できるだろうね。"

 

"働いて手に入れた服に囲まれていると今までの頑張った時間がマボロシじゃなかったんだって、ほっとする。"

 

"命がはじけそうなくらいに輝いていた"

 

"この世は生きるに値すると思う力よ"

 

 

なにかを、しっくりこない方 でやってみるといい気がする。お風呂上がり右脚から拭くのを左脚からにしたり、左向きで寝るのを逆にしてみたり、ペットボトルのキャップを開けるのも、カバンを持つのも、エレベーターのボタンを押すのも、いつもと違う違和感を覚える方でやるの。嫌な感じじゃなくて、ふわふわと落ち着かない、へんな感じ。バランスが取れる気がする。気付かないうちに、偏ってるのを戻したい。全部のこと