テストおつかれさま

 

 

 

 

どっちでもいいって本当にどっちでもいいと思っていたらとても好ましい言い方だな、と思いました。あるスーパーモデルが、性自認について、「男でも女でもそんなのはどっちでもいい」というようなことを言っていた。どちらにも見られるように、どちらにも見えないように、服やヘアメイクで変化できるのも、それがどうであれ完全に美しいことも、その人にしか出来ない表現なのも全部素敵で羨ましかった。

 

 

 

私は性格診断で、「とてもよく当てはまる、当てはまる、どちらとも言えない、当てはまらない、全く当てはまらない 」を選ぶときに、どちらとも言えないが多い。自分のことを知れば知るほど分からなくなって、経験を積めばそれだけ異なる選択をして、自分のことをこうだって断言することがむずかしい。私よりずっと賢くて博識で思慮深い人が、自分がどのような人間かを言い切る。私はそれにすぐには反応できなくて、暫く、ずっと考えて、何日か経ってからその意味がわかる。悔しいし眩しい。うれしい。

 

 

 

その服が可愛いかどうかとか、どっちの服がかわいいか、とかは1秒も迷わない。好きかどうかだけで決められるからだよね、客観視した場合を考えずに自分の好みしか反映しなくていいから。

 

 

どっちでもいいと、絶対こう、を上手につかいたい。

 

 

 

人生最後のテストが今日終了した。嬉しいはずなのに、今朝雪が降っていてそれがとても綺麗だったのにもうやんでしまったことも重なって、なんだか少し切なくなっちゃった。長い学生生活はたのしかった。18年間おつかれさま!あと少し満喫しましょう。 

 

 

先生に掃除を頼まれたりして、まあやるんだけど、早く帰りたくてやりたいわけじゃないから「えー」って言ったり、嫌な顔したりしちゃう。そうすると先生がなんで?!って怒るんだけど、そもそも誰がやっても良いわけでただのボランティアだから断る権利があるし、私も使うような場所だから掃除するのは構わないけれどやだって言って怒られるのはちょっと変だとおもう。あとたぶん顔や口には出さない子が多いから先生も断られてびっくりしているのかもしれないけれど、学生生活が長すぎて、しかも大学生という自由で対等な4年間を過ごしてしまったから、私はもうダメなんだとおもう。

 

 

結局やるとしてもとりあえず文句言いたい。やだとか疲れたとかも言いたい。言わない方がかっこいい気もするけど私は言いたい。結局ちゃんとこれまでやってきてるんだからいいじゃないか〜〜

 

 

 

そんなつもりはなかったのに、お母さんに対する不満のようなものを、人に送ったラインで出してしまったようです。そうしたらその人は「心配なんて前提、愛されているよ」とか「家族の絆はそれでもなくならないよ〜」みたいなこと(もっと長くて柔らかい)を文章で送ってきた。びっくりした。「インフルエンザでもっと心配されたかった笑」という感じで送っただけなのに、すごいなって。ちょっと怖かった。でもすごく嬉しくて、救われた気がした。同年代の人で、普通の会話で普通に愛とか、絆とか言う人、そんなにいないから改めて聞いたりすると嬉しかった。酔っているわけでも私が泣きながら相談しているわけでもなくて、なんとなくのたわいない世間話のなかで何でもないことのように言っていてあたたかいなあって。ぽろっと私がこぼしたことを、そんなに丁寧に拾ってくれて、何倍になって返してもらえた気がした。人に労力を割くようなタイプでもなくてめちゃくちゃてきとうな人なので、自然にそう言うことが出来てしまうのだろうね。憧れちゃう。当たり前のようなことを私も言葉にしていきたい。スクリーンショット撮って保存した、しばしば見返している。

 

 

 

この冬初めて食べたラムレーズンのアイスクリームをすごく好きになった。お酒が好きになったからかな?美味しく感じすぎる。あんまり売ってるのを見つけられないし、牧場しぼりのラムレーズン味が一番美味しいのに友人の家のそばのスーパーでしか見つけられていない。食べたすぎて死んじゃいそう。おすすめなので見つけたら食べてみてください。サーティーワンからもラムレーズンの新商品がでたようなのでそれも気になる。